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『なくしもの』三宅隆太監督
ブロックプラン3作目は、全2作で私のガファーを勤めてくれた三宅隆太が担当することになった。三宅監
督とは以前に16・で、サイレントタッチのショートストーリーを撮影し、後にビデオクリップの仕事をした
ことがあり、これは監督と撮影の立場としては3本目の作品となる。その他にも三宅氏にはキャメラオペレ
ーターや、ガファー、又は撮影アシスタントとしても自分の撮影に参加してもらっている。三宅監督は自身
が撮影技術に精通していることもあり、自分で撮影を行った作品も数多い。そのため非常にコミュニケーシ
ョンが取りやすい監督だ。普通、監督が技術的な部分に疎いために、演出と撮影のコミュニケーションを取
ることが難しくなる状況が数多く出てくるものだが、三宅監督は撮影技術が自分の演出と如何に直結してい
るかを知り抜いているため、そういう事態はまず起こらない。さらにDVに関してはブロックプランのスター
トする遥か以前に短編のホラー映画を制作していて、逆に教えられることが多かった。今回の作品も室内劇
ではあるが再びホラーだ。三宅監督はこれを『心霊100連発 第1話 なくしもの』として制作している
が、ブロックプランでは単体の作品『なくしもの』として発表する。
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『なくしもの』ではブロックの短編という時間を逆手にとり、ホラー演出の方法論的なアプローチを行っ
ている。この作品は監督が前々からためしてみようと考えていた演出の実験という感がある。ショートフィルムをDV
で撮影するということには、監督にとって予算がかからずに演出の実験的な試みかができるというメリット
がある。演出を志す人にとって(撮影もそうだが)、最良の学習法は、講義を聞くことでも本を読むことで
もステイタスのある人物の助手に付くことでもなく、実際に行動することだ。しかしこのことを試す機会が
何とか与えられる人間は少ない。DVを使ったショートフィルムの制作は、その機会を経済的なリスクをかなり少なく
して、なおかつあるクオリティーを保ちつつ行うことを可能にしてくれる。かつて人の作品にいちゃもんを
つけることしかしていなかった人たちが、トライX(コダックが1960年代に開発したスチールカメラ用のモ
ノクロネガフィルム。ASA感度400のこのフィルムはそれまで不可能と思われていた低い光量
での撮影を可 能にした。ムービータイプは4X。4Xは現在は発売されていない)の登場により、実際に自分たちで作品を撮
りはじめ、ヌーベルバーグという新しい映画の波を巻き起こしたように、技術の進歩は映像表現のあり方を
又は映画制作の体系自体を変えていくことがある。ブロックプランはまさにその考えからスタートしている
のであり、斎藤、佐藤、三宅監督はそうしたことを十分に踏まえつつ自分の演出を実践していっている。
私は監督と話し合って、前2作で行ったDV撮影を更に発展していくことにした。今回は『脚本療法』と『三
原有三』で試みたような禁欲的なスタイルは意識していない。しかし演出と撮影がまさに直結しているホラ
ー演出に関しては監督と話し合いを重ね、やること、やらないことの差別
化をあらかじめしっかりと設定し ていった(これについては三宅監督の報告を参照)。
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今回は以前は使用しなかった新しい機材を使用している。今まで使用していたVX-1000に代えて、メイ
ンキャメラとしてXL-1を使用。これはCanonが新しく開発したDVカメラで、VX-1000よりもプロの使用に
耐えられるものになっている。このキャメラの特筆すべき点はアダプターリングをつけることによりCanon
マウントのレンズが装着可能なことである。この作品ではあらかじめセットされているズームレンズを使用
しているが、このレンズの性能のおかげで、映像のクオリティーがかなりアップしている。これは電器製品
メーカーであるsony対してカメラメーカーのCanonが唯一ぬきんでている部分である(ただしXL-1はキャ
メラ本体からDV端子をsonyのDVデッキに繋いで使用したデジタル編集の際、タイムコードが不正確になる
場合がある。せっかくのデジタル編集であるにも関わらず、これは致命的な欠陥であり、sonyのように自社
のデッキを開発していないCanonの弱さである)。このレンズの性能のおかげで以前から気になっていたス
キントーンの再現性がかなり向上し、デジタル特有の映像の硬質化も軽減している。『三原有三』の章で書
いたように、シチュエーションによって使用するレンズを変えていくことは非常に重要なことで、『なくし
もの』は前2作品に対してニュアンスの違ったルックで仕上げることができた。Canonのスチール用レンズ
を試したことはないので今後データをそろえていきたいと思う。
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2つ目はステディカムJr。一般に映画やドラマなどで使用されているステディカム(キャメラのブレを感
じさせることなしにスムーズな移動撮影を可能にする機材。体につけたハーネスに取り付けるスプリングつ
きのアームが上下の振動を吸収。アームの先にジンバルつきのキャメラとモニターを乗せるシステムになっ
ている。現在ではビデオカメラ対応のSK、プロビットなどの軽量タイプが出ているが、35ミリキャメラ対
応のものは重量が30キロにもなり、オペレートには熟練された技術を要する。外国ではオペレーターが職業
として成立しているが、DPシステムが確立していない日本では優れたオペレーターは数人しかいない)の
DV対応版である。見かけはちゃちに見えるがジンバルの機構はしっかりしているため、多少の慣れは必要だ
が、ステディカムとほぼ同じ効果を出すことができる。今回は作品冒頭と、ラストカットに使用して、オー
プンシーンで簡単な移動撮影を行っている。私個人としては、室内の動き回る人物をフォローしてゆく使い
方が、ステディカムのダイナミックな効果を最も引き出せるシチュエーションであると思う(ライティング
が非常に難しくなる問題もあるが)。しかし『なくしもの』ではそうした使い方はしていない。今回監督が
最も気にしていたことはフレーム内に於ける人物以外の空間の観せ方であり、完璧なフレーミングが困難な
ステディカム(ステディカムはキャメラがいわばやじろべえの状態でバランスを保っている。ちょっとした
力加減や風が吹いただけで、キャメラはすぐ動いてしまう)ではその効果
を狙うことができないためだ。ま たステディカムJrは重量的にVX-1000を取り付けるのが限界で、XL-1ではその左右非対称の形状が仇とな
り不可能だった。このことによって一つ問題が発生することになった。先に述べたVX-1000とXL-1の画質
の違いがこの作品のトーンを不均一にし、マッチングの問題が生じる結果
になった。三宅監督は、ステディ カムを使用した映像をファーストカットとラストカットに配置して、本編を挟み込むようにして編集するこ
とにより、その問題を見事に解決している。しかし1カット本編中に使われている、主人公が電柱に近づい
ていくトラックショットはそのカットのみ、そのシーンの中でトーンの違う浮いた状態になってしまった。
ステディカムJrも現在は改良型の3型(本作で使用したのは1型。ステディカムJrが開発されたのはDVが存
在していないころ。2型までもVX-1000取り付けが可能だが、重量がジンバルを支える支柱の限界ぎりぎり
であることから故障が続出し、3型であるDVステディカムJrが開発された。)が一般
的になってきている が、更に進化してXL-1が取り付けられるようになっていくといいと思う。
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ライティングに関しては、これまでと同様、ナチュラルライティングに徹した。今回チャレンジしてみた
ことは、XL-1の性能も考慮に入れて更に低照度で撮影することだった。話の主な舞台となる玄関はドア横に
ある実際の間接照明をキーライトにしてショット毎に調節しただけで、フィルライトは使わなかった。その
ためコントラストの高い映像になったが、それが今回の作品とマッチしていたように思う。玄関は夜と早朝
で主な舞台となるが、私は夜のシークエンスをホワイトバランスの色温度設定を高くすることによって幾分
赤味を帯びた状態にした。この試みは、雰囲気を作り上げることは成功したが画面
上で赤味がにじむ結果に もなってしまった(DVに限らずビデオでは低い色温度、レッドやアンバーがブラウン管でにじみ、荒れた状
態なってしまう)。この問題の解決法として、全体の彩度を落とした状態で強調したい赤味を幾分のせてや
れば映像の荒れが目立たなくなるのではないかと思うが、今回はドアの外の世界(つまり幽霊の世界)を蛍
光灯を使った青白いライティングにしているため彩度を落としていくことはできなかった。また映像の若干
の荒れも今回は味になった部分があると思う。早朝のシーンは昼間に撮影を行い、フィルター処理で朝の雰
囲気を作り出している。主人公が家に帰ってくるトップシーンを撮影し終わるころには、太陽は家の陰に入
るので、曇天と同じ扱いになり、キャメラ前にシアン系のフィルターをかけることで上手く処理できた。
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三宅監督はこの作品のポストプロをDVからD2に落とし編集スタジオで行っている。そのため幽霊がその
姿を現すシーンでは静止画や、部分的な色抜きなどを行ってより効果
的に仕上がっている。しかしDVから一 旦アナログにに変換された情報はある程度ではあるが劣化してしまう。DV同士でデジタル編集を行なうこと
ができるようになればより作品のクオリティーも上がっていくと思う。

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