手塚治虫のマンガの描き方
(講談社)
天才漫画家 手塚治虫氏が書いた、今となっては隠れた名著。
テクニックに関することだけでなく、メンタルな部分についても積極的に言及。プロからアマチュア、全くのシロウトさんまで読んで損ナシ。原点。
嗚呼 素晴らしきはゴム人間

「しかし、オレにでも勝てる相手に勝てなかったユキダルマッチョってのは、まだまだ弱いキャラクターっすね」
「義剛が弱すぎた、ってのもあるけど、まぁ、そうだな。正義の味方がオマエより弱かったら話になんねぇよな」
「で、義剛に負けたペン大王はオレより弱い、と」
「だから、体調が悪いって何度も言ってるだろ。熱47℃あるんだぞ。人間だったら死んでるっつの。ズルズル」
「さっきより熱、上がってるじゃないっすか」
「オマエのせいだろ」
「今だったら勝てるな。オレ」
「やめとけ、って。ホント、ひっぱたくぞ、オマエ。まぁ、ユキダルマッチョの敗因はオマエもわかってんだろ?」
「ええ。全然攻撃になってなかったっすから」
そうなのだ。全く攻撃できてなかったのだ。ポーズが固まったままで、腕も足も、表情以外動かすことができない。正義の味方としては致命的だ。雪だるま的にはオッケーだけどね。
しかし、ユキダルマッチョは雪だるまである前に正義の味方である。ただつっ立ってるキャラクターにするわけにはいかない。子ども達に夢を与えるために、何よりのどが渇いたオレのためにジュースを買ってきてくれるような気の利いたパシリにしたい。
闘う、しかし人間の愛も知っている。戦いの合間の休息を何よりも大切にする。そんな正義の味方であることをわかってもらえるような動き。紙の上にペンを走らせる。


ユキダルマッチョ 飛翔

ユキダルマッチョ ロマンス

ユキダルマッチョ スリーピィ


う〜ん。すげぇ普通。普通の人間が普通にするような動きをつけたって、おもしろくもなんともないね、こりゃ。
困ったときのバイブル。「手塚治虫のマンガの描き方」をパラパラとめくる。ページを繰っていた手が、あるところで止まる。ホントにこの本は痒いところに手が届く。

もし宇宙人が、地球人を調べるのに、どう間違ったかマンガの本を手に入れて、そのなかの人物を見たとしたら、
「地球人は骨なし動物に違いない」
と思うだろう。
そのとおり。マンガの人物には、骨も関節もないのである。
ではタコみたいなものかというと、タコよりゴムに近い。
どこでも曲げられるだけでなく、のびたり縮んだり、ねじくれたり、まったくの自由なのだ
---中略---
男が頭をかいているが、かいている右手は、左手の倍もあるでしょう。そのまま下へおろすと、床についてしまいそうだが、ところがおろせばちゃんと左手と同じ長さになっている。
頭をかくという目的が先にあって、そのためには、腕なんかどんな長さでもいいのだ。(82ページ)


言われてみるとそうだ。キャラクターってのは人間じゃないのだ。
例えば「ワンピース(週間少年ジャンプ連載中)」の麦わらのルフィは、体の各部分を際限なく伸ばすことができるゴム人間、という設定だ。これはマンガの特性そのままだが、このマンガの強みのひとつになっている。マンガの表現として今までみんなが「意識しなかった」部分を「意識して」表現した。そういった意味でルフィの持つ性質は、今までのキャラクターにはあまり見られなかったものだ。だからルフィは魅力的なキャラクターだし、子ども達のハートをがっちりキャッチすることができた。 じゃぁ、ってことで、オレもユキダルマッチョの手足を伸ばしてやろうかしら。
サラサラと再びペンを走らせる。
できあがったユキダルマッチョ。

・・・気持ち悪ぃな、コレ。

この顔で薄ら笑いを浮かべ、体はマッチョ。しかも手足が伸びる。気持ち悪いことこのうえない。正義の味方としても致命的だし、雪だるまとしても致命的だ。そして何より、発禁なんじゃねぇのか?コレ。
またバイブルをめくる。助けてください、手塚先生。