オレ 新生

しかし、何というか、線をキレイにしてみたところで、根本的には何も解決してないように思える。何故だろう。
バイブルを適当にめくる。偶然開いたページ。そこには大事なことが書いてあった。そしてその大事なことは、この本を一番最初にめくった時に目に入ってきた言葉と同じものだった。

ぼくの母は、絵が苦手だった。
その母が描いた、たったひとつのマンガがある。

小学校のころ、「パラパラマンガ」というのをよくつくった。
いまでも、アニメーション好きの子どもなら描くだろう。ノートのはしに絵をつぎつぎに描いていって、パラパラやると、動くやつ。あれに凝ってしまったことがあった。
家にある蔵書に、かたっぱしからパラパラマンガを落書きした。じいさんが法律家だったおかげで、千ページもある分厚な本がどっさりとあったので、かなり大長編のアニメーションがつくれた。乗りに乗って描いていたところ、悪性の伝染病にかかって、長期間病床についてしまった。母が、なにかほしいものはないかときいたので、
「パラパラマンガ描いてほしいな」
と、ぼくはだだをこねた。そんなことはとうていむりだと承知で、だだをこねたのである。 すると母は、ほとんど一日とじこもって、なんと一巻のパラパラマンガをつくりあげたのだ! ぼくは、母の手製のアニメーションを見て、何度も繰り返し見て、涙が出そうにうれしくて、笑った。
マンガは、三角の顔をした子と丸顔の子が殴りあいのケンカをし、三角がポロポロ泣き、丸顔が、お菓子をやって、ふたりともニコニコ笑ったところでおしまい。
このふたりの顔を見ていたら、母がいつもつくってくれる、三角と丸いおむすびを思いだした。
簡単でごく素朴な、いかにも鉛筆の嫌いな母のつくりそうな絵柄だった。
しかし、そこには、母の、ぼくへのあたたかい愛情と真心があふれていた。
このパラパラマンガは、ぼくの宝物になった。四十年たったいま、家の書庫のどこかに、ふたりのおむすび小僧は眠っていることだろう。

どんなにつたなくとも、ぎこちなくとも、おかあさんがわが子に描いてやる絵には、かぎりない英がある。
「ママ、ワンワン描いて」
とねだられて一生懸命描きあげたおかあさんの絵は、子どもの絵と同じく千金の価値がある。(212ページ)


ちょっと長く引用したが、ちゃんと読んでよ。泣くよ、コレは。涙が止まらない。すげぇいい話じゃねえか。そして思った。この話に手塚マンガの原点があるんじゃないか。
ご存じの通り、手塚マンガには人間の愚かな姿が描かれているものが多い。彼は人間のエゴや生死の狭間にもがく姿をあまり美しく描いていない。オレは今まで、手塚マンガは「人間とは愚かなものなのだ」ということがテーマなのだと思っていた。これは滅びゆく人間に対する警告なのだ、と。しかし、違った。たしかにそれもテーマの一つではあっただろう。しかし、手塚マンガの根底に流れているのは『愛』だったのだ。それは母親が子どもに向ける愛情と似ている。手塚先生は人間を諦めていなかったのだ。
いい絵を描くことに大事なのはスキルじゃない。受けた愛情の大きさが人間を育て、その環境で育った人間がいい絵を描けるようになるのだ。手塚先生は母親から大きな愛を受け取って、愛のある絵を描くようになった。その手塚先生は自分の子ども達にそれ以上の愛を与えたのだろう。その証拠に息子である手塚眞氏は今現在、ステキな作品を世に出し続けている。
今までのオレはロックだなんだと吐かしながら、不満を音楽に乗せ、ただ叫んでいた。愛を歌っても何か嘘くさかった。何かが足りないという苛立ちを闇雲にまた音楽に乗せては歌い続ける・・・嘘を歌い続けていた自分にどこかで腹が立っていた。
この27年間、オレは愛を受け取れていなかったのか? 自問自答する。イヤ、愛は常に身近にあった。今もある。つっぱってて、素直に感じることができないでいただけだ。
素直になることが格好悪いと思っていた。でも、つっぱっていたからって、それは誰かのマネをしているだけじゃないのか? カート・コバーンを気取ったからって、それはカート・コバーンのコピーだ。ジョン・スペンサーを気取ってブルースだなんだと言ってみたところで、それはジョン・スペンサーのコピーじゃないか。
オレはどこにいるのだ? それは自分の中にしかない。前述の手塚先生のエピソードで素直に泣けたオレには、もう壁は存在しない。素直に感じたことを素直に体現して何が悪い! それがホントの意味でのノリツグ印じゃい!

バイブルには「おかあさんが描くマンガ」と題して、いくつか絵のサンプルが載っている。愛のある絵の描き方、というのは偽善的に聞こえて変な言い方ではあるが、これを自分のモノにし、自然に描けるようになったとき、オレにも愛を誰かに与えることができると思うと、俄然やる気が出てきたぜ。




まだちょっとぎこちない感は否めないね。でも、オレ自身、少しユキダルマッチョを好きになってきた。今まではそんなんでもなかったんだけどね。
よっしゃ。乗ってきたぜ。
気をよくしたオレのアタマの中では、ユキダルマッチョを取り巻く世界観のイメージがどんどん膨らんでいく。正義の味方ユキダルマッチョの冒険活劇がアタマの中で始まる。


---つづく---

 
 ハギワラノリツグ プロフィール
千葉県出身の26歳。インディーズバンド「バックドロップス」のリーダー。
一応美大のデザイン科出身だが、在学していた4年間で学んだことは「オレはデザインができない」という一点のみ。音楽で生計を立てていくことを誓うも、ナカズトバズでやんす。今回2年ぶりに絵筆を持ちます。運だけで生きてます。よろしく。
あ。2nd アルバム「DELTA END」絶賛発売中です。

バックドロップス Official Site



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