決意新たに
みんな違う顔してるんだね。
当たり前だけどさ。
モチベーション あがる

「じゃぁ、がんばってな」と一言残し、ペン大王は去っていった。彼が手塚治虫にその座を奪われるのももうすぐだろう。なんてったって顔に説得力がねぇからな。

さて、キャラクターを作るとはいうものの何から始めればいいのか。とにかく、オレは帽子屋へ行くことにした。なんで?って。ベレー帽を買うんだよ。何でもカタチから入らないとね。ロックは革パン、パンクは破れたTシャツ、巨泉はゴルフ、漫画家はベレー帽と昔から相場は決まっている。
青山通り沿いにある帽子屋。ここは「東京スカパラダイスオーケストラ」の人たちも御用達の有名なお店だ。中に入りさっそくベレー帽を物色する。白や赤、色とりどりのベレー帽が並ぶ。
しばらくすると店主らしきオヤジが声をかけてきた。
「ベレー帽でしたらこちらの方がいいですよ。作りもしっかりしてるしね」
オヤジが勧めてきたのは、どっかの軍隊がかぶってるような革のベレー帽。どう見ても漫画家が頭に乗せているようなタイプではない。しかもベリーエクスペンシブデスネ。オヤジを無視し、店頭のワゴンセールの中から適当なベレー帽を見つけ、買う。フェルト地のオーソドックスなものだ。値段もお手頃な1800円也。しかし、まぁ、お手頃とは言うものの、オレの3日分の食費に匹敵する。この1800円は経費で落ちるんだろうか。聞こうにも、もうペン大王はどっかに消えてしまった。100円でポテトチップスを買うことはできるが、ポテトチップスで100円を買うことはできない。既にオレの1800円はこのベレー帽に姿を変えてしまった。もう後戻りはできない。
空きっ腹を抑えながらベレー帽をかぶる。ベレー帽をかぶったオレ。お。なんかそれっぽくねぇ? ベレー帽からはみ出た髪の毛がいささか気色悪く手塚治虫にはほど遠いが、いかにもマンガ描けそうな雰囲気になってきた。カタチから入るというのは悪くない。モチベーションがあがる。

次に向かったのはハチ公前。人の顔を観察しようと考えたからだ。と言うのも本にはこう書いてある。

マンガを描くということは、ものを描きうつす作業ではなく、自分の頭のなかにうかんだイメージを描くのだということである。そのイメージがなかったり、あいまいだと、結局、ろくなものが描けないということである。(24ページ)

今オレにできそうなものはとりあえずこれぐらいだろう。紙も鉛筆も持っていないが、時間だけは売るほどある。手塚治虫はこれを「心のデッサン」と言っている。うまいことを言うね。
JR渋谷駅の壁の前に座り、道行く人たちを眺める。夜の早い時間、そして年末ということもあり、みんな浮き足立っている。しかし、世の中にはいろんな人たちがいるものだ。同じような格好をしている女の子達もよく見ると一人一人微妙に違う。当然だが、かわいいコもいれば、そうでもないコもいる。
最初はおもしろがって眺めていたのだが、やがてカップルばかりが目に付くようになり、このままだとテロリズムに走りそうになったので、やめた。手塚治虫は若者をテロリズムに走らせようとして「心のデッサンをしなさい」と言ってるわけではないと思う。当たり前だ。走りそうになったのはオレの心がささくれているからさ。

家に帰る時もずっときょろきょろしてみた。なんかいつもとは景色が違っていたね。オレ自身が少し変わったのか、街の景色が変わったのか、それはよくわからないけどさ。

---つづく---

 
 ハギワラノリツグ プロフィール
千葉県出身の26歳。インディーズバンド「バックドロップス」のリーダー。
一応美大のデザイン科出身だが、在学していた4年間で学んだことは「オレはデザインができない」という一点のみ。音楽で生計を立てていくことを誓うも、ナカズトバズでやんす。今回2年ぶりに絵筆を持ちます。運だけで生きてます。よろしく。
あ。2nd アルバム「DELTA END」絶賛発売中です。

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