第II部 そのあと
PHASE VI 「ラストシーンで捕えて」
● 海底トンネル(10月10日午後5時)
MGを走らせる須田明。トンネルの中ほどに事故車が乗り捨てられ、道を塞いでいる。車を降り、不気味に静まり返った側道を歩いていく。

○ 映画会社・応接室
窓辺に立ち、高層階からの風景をつまらなさそうに眺める円城寺満。ソファでは津村美沙と橋爪祐輔が向かい合い、会議後の雑談といった雰囲気。

橋爪祐輔 「とにかくうちの社長が、完成前のラフカットを見るなんてめったにないことなんです。いろんなところで前評判を聞きつけたんでしょうが、ぼくらも苦労のしがいがあります」
津村美沙 「やっとここまでこぎつけた、という感じね。迷惑をいっぱいかけたけど、あなたがいてくれたおかげだと思う」
橋爪祐輔 「とんでもない。才能ある監督やプロデューサーと組め、こちらこそ感謝しなければなりません。公開時期をずらし、東京映画祭のコンペ作品に内定させたのだって、社長なりの自信と期待の表れなんですから」
津村美沙 「そう聞くとこうして呼び止められても安心するわ。ただでさえ期限を過ぎてるのに、ファイナルカットが定まらず神経過敏になってるのかしら」
橋爪祐輔 「挨拶するだけのようですから気になさらないでください。映画会社の社長といっても、もともと撮影所にいましたからクリエイティブな人間にはすごく理解があるんです」
津村美沙 「私たちにとっては雲の上の人よ」
橋爪祐輔 「(監督に目をやりながら)それにしても遅いなあ。ちょっと秘書室へ行ってきます」

とそそくさと退室し、静寂となる応接室。

○ 同・廊下
扉を閉め、煙草を取りだしながら歩きだす橋爪祐輔。

○ 同・応接室
窓辺とソファ、ずっと離れた位置のまま黙っている二人。外の風景を眺めながら円城寺は沖縄ポップス「イーリムンには」を口ずさみ、津村美沙は紙袋の中から映画祭資料を手に取る。

○ 歩道橋の上
手すりに両腕を乗せ、煙草をくわえながら近くのビルを見つめる阿仁屋優。

○ 映画会社・廊下
橋爪祐輔が早足で歩いてくる。

○ 駐車場
ボルボに向かって歩いてくる須田明。ドアを開けようとしたとき、背後から声をかけられる。

阿仁屋優 「須田くん!」

驚いて振り返る須田明。。

阿仁屋優 「隠しても無駄だよ。駅まで乗っけてってくれないか」
須田明 「なんですか、用は」
阿仁屋優 「じゃあ、玄関の前まででいいや」
須田明 「どうしてそうする必要があるんです」
阿仁屋優 「いいかい、俺はこれを公にしようなんてまったく思っちゃいない。自分の決着をつけたいだけなんだ。早く行ってやらないと彼女が待ってるぞ」

○ 映画会社・応接室
外の風景を名残惜しむように窓から離れ、席につく円城寺満。

○ 病院の玄関
柱の陰で目立たぬようにして待つ日比野まり。車がロータリーに入ってくると顔をほころばせて駆け寄るが、助手席のドアが開き、阿仁屋優の姿を見るなり硬直した様子。

○ 映画会社・応接室
社長が秘書を従えて入ってくる。ソファから立ち上がり、頭を下げるプロデューサーと監督。握手をし、ぎこちなく腰を据える。

○ 病院の玄関
後部ドアを開け、臨月の日比野まりをいたわりながら車へ乗せる須田明。彼女に確認するように阿仁屋優が尋ねる。

阿仁屋優 「本当に二人で育てるのか」

それに対し須田明はきっとにらみつけるが、日比野まりはしっかりとうなずく。

阿仁屋優 「まさか同郷のよしみじゃないだろうね」
須田明 「(強い調子で)あなたに何がわかる」
阿仁屋優 「(何か言いかけるがあきらめて)まあいい。俺は、円城寺の映画を追っかけながら、とんだドラマのなかに入っちまったようだ」

二人は何も答えない。

阿仁屋優 「だが、映画はまだ終わってないんだぞ」
須田明 「ではここで」

と運転席に乗り込み、ボルボがゆっくり出ていく。それが見えなくなるまで動かず、病院の前にじっと立つ阿仁屋優。

○ 映画会社・応接室
席には社長と橋爪祐輔、津村美沙がいるだけだ。円城寺満は窓辺に立ち、完全に背を向けている。

社長 「(それを無視するように)ラストシーンの異同はよくある話だ。社会問題となるような事件があれば大歓迎だが、そこまで要求するのは無理だろう。いずれDVDの特典映像にもなるわけであり、この作品の可能性を感じるからこそ、わたしがこうした意見を述べるのを忘れないでほしい」
津村美沙 「監督とよく相談し、検討してみますが…」
社長 「そうだ、よく検討してくれたまえ」

と席を立ち、腕を差し出す。つられて腰を浮かした津村美沙はぎゅっと手を握られ、肩を叩かれる。橋爪は複雑な表情のまま社長を見送る。

○ 歩道橋の階段
踊り場で足を止め、先ほどいた場所を振り返る阿仁屋優。

○ 地下の駐車場
BMWまで歩いてきたところで肩をつかまれる津村美沙。その両脇を持ち上げられ、ボンネット上へ放り投げられる。すぐさま円城寺満が飛び乗ってきて、彼女の目を覗き込む。

円城寺満 「心配するな。俺はやるよ」
津村美沙 「…やけじゃないわよね」
円城寺満 「こういうときに燃える関係じゃなかったのか」

と、体を押さえつけたまま彼女の首を締め上げていく。

● 用水路(10月10日午後8時)
歩いてきた須田明が用水路にぶつかる。すぐそばに下水処理場があり、ごうごうと水の流れる音がする。瞬く照明が気になり、フェンスによじ登ってみる。その上に腰を下ろし、人のいない整然とした光景を見入る。

○ パーティ会場
エスニック風レストランを借り切った円城寺組の打ち上げ。主だったスタッフやキャストが顔を揃え、監督と山下響子、プロデューサーと助監督らがそれぞれ卓を共にする。が、須田明の姿はない。どのグループにも入っていきにくく、店内を横目にカウンターで水割りを飲む阿仁屋優。と、背後から声をかけられる。

鷲尾勇 「ご無沙汰です」
阿仁屋優 「ああ、きみは…」
鷲尾勇 「劇中劇で主役をやった鷲尾です。…何度か言葉を交わしたと思いますが、阿仁屋さんにとってもぼくは脇役ですか」
阿仁屋優 「そんなことはないよ。しかし、卑屈な物言いだなあ」
鷲尾勇 「監督に散々言われてマインド・コントロールされちゃったのかな」
阿仁屋優 「(笑いつつもはっとしたように)でも、きみがやった役は非常に重要な役だ。須田くんが監督自身の役をやったとすれば、きみは須田くんの役をやったわけだからね」
鷲尾勇 「須田さんにはずいぶん教えていただきました」
阿仁屋優 「彼は今回…」

と言いかけたところへ、助監督の野々村が割り込んでくる。

野々村保 「お話し中すいません。監督がぜひ阿仁屋さんもご一緒にと、あちらで呼んでます」
阿仁屋優 「(そのテーブルを一瞥し)じゃ、またあとで」

と、鷲尾に向かってグラスを持ち上げる。

○ 同・監督の卓
阿仁屋優が歩み寄っていくうちに山下響子が監督の横から離れ、テーブルに残るのは不破令奈だけとなる。

円城寺満 「(山下響子がいた席を示して)ここ、いいのかな」
阿仁屋優 「もちろんさ。(不破令奈へ顔をやり)彼は、最もぼくらのことを知っているシンパの一人なんだ」

と、まじめくさった顔で言葉を返す。

円城寺満 「おいおい、また俺は加害者扱いか」
阿仁屋優 「監督の宿命だよ。みんなの恨みを買えば買うほど幸せになれる」
円城寺満 「へえ、ひょっとして不破くんも俺を恨んでる?」

と、彼女のほうを向く。

不破令奈 「そんな。私はきびしく指導していただいて感謝してます」
円城寺満 「ほら」

と、にっこり微笑む。

阿仁屋優 「この女たらしめ。まったく、映画監督と対等にわたりあえる手立てはないものかね」
円城寺満 「俺に投資してくれりゃいいんだ」
阿仁屋優 「これだよ」
円城寺満 「わたりあうのは、お前たち評論家の仕事じゃないのか」
阿仁屋優 「ヒョーロンね」
円城寺満 「感想文や暴露記事ではだめだぞ」
阿仁屋優 「わかってるさ。今度の仕事は必ずかたちにし、お前を見返してやる」
円城寺満 「初号のあとのインタビューが楽しみだな」
阿仁屋優 「いや、たぶんその必要はない」

■ 那覇港
作業ヘルメットを横に置き、桟橋でサンドイッチを頬張る初老の白人。出入する貨物船に目をやったあと、排水溝から流れ出てきた発泡スチロールを見つめる。

○ 現像所・受付
受付嬢に何ごとか尋ねている阿仁屋優。

● バー(10月10日午後11時)
細長いテーブルが置かれた店。片隅でたった一人の客、須田明が沖縄焼酎を呷る。カウンターにもたれた中年のママがじっと見つめるなか、ふらふらと立ち上がり、トイレに入る。かすかにサイレンの音が聞こえてくる。

● トイレの中
便器に顔をうずめ、汚れた水面に映った自分を見る須田明。

● バー
刑事がなだれこんできて店内を見まわす。トイレのほうをあごで示すママ。

● トイレの中
膝をつき、便器を抱きしめたままの須田明。外から刑事の声が聞こえてくる。

刑事の声 「彼女は命を取りとめた。胎児も無事らしい。早く出てくるんだ、監督さん」

● バー
反応のない様子に苛立ち、ドアを蹴破る刑事。

● トイレの中
だれもおらず、水が激しく流れているだけだ。

○ スクリーン
漆黒のスクリーン中央に明るく丸い穴がゆらめく。そこから顔を覗かせた阿仁屋優が笑いながら語りかける。

阿仁屋優 「いつまでそこに隠れてるつもりだ。クサいのは承知だろうが、忘れものがあるぜ」

と、構えた拳銃が火を吹く。

○ 試写室
火のついていない煙草をくわえたまま、額を打ち抜かれる円城寺満。

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