第五回「コンピューターって便利ね」の巻

一般すぎるほどの一般人、人間最大公約数ことハギワラノリツグが一流のキャラクターデザイナーになるために、一年間という長い期間に渡って拘束される、ある意味サディスティックな、そしてどっかで聞いたことあるような企画です。
手元にあるのは「手塚治虫のマンガの描き方」という本、一冊のみ。
本を頼りに、手塚治虫に追いつけ追いこせ。
第二の手塚治虫を目指して、半分無理だと悟りながらもガンバります。
だからみんなもただ見てないで、ガンバレっつーの!

SO COOL。
怒髪天。
話を聞くフリ。
田倉さん 説教

「ノリツグ〜。ノリツグ〜。」
オレを呼ぶ声で目を覚ます。眠い。眠いぞ。
時計を見るとまだ午前11時。11時といったら、まだドリーミングタイムだ。気持いい夢みて、惰眠貪ってる時間だ。現にさっきまで乙葉ちゃんととオレが・・・。オレと乙葉ちゃんが・・・。
ドンドンドン。ノリツグ〜。ノリツグ〜。
思いきり玄関の扉を叩く音と、大声でオレを呼ぶ声が世田谷の空にこだまする。アッタマきたぞ、コノヤロウ。ガバッと跳ね起きると、玄関の扉を開ける。
「何時だと思ってんだ、この木訥ヅラ!」
ポカンとこちらを見るペン大王。イヤ。コイツの場合、いつもポカンとしてるか。
「何時って・・・。世間様はみんなエンジン暖まってくる時間だよ。」
「世間に『様』なんかつけてんじゃねぇっつの。オマエのおかげでオレの乙葉ちゃんが・・・乙葉・・・はぁぁん、乙葉・・・」
「気持ち悪い顔で目を潤ますなよ・・・。早く着替ろ。駅前の喫茶店に行くぞ」
「なんで? コーヒーなんか飲みたくねぇっすよ」
「先月約束した例のゲスト。その喫茶店で会う約束してるから」
「男でしょ、どうせ。別に会いたくもねぇっすよ」
「ところがどっこい。かわいいんだな、コレが」
「あのねぇ。あなたの言う世間様には合コンというものがありましてね。そこには『かわいい、と言って連れてこられた女の子はたいしてかわいくない』っていう法則が存在するのですよ。第三者が言う『かわいい』ほど信じられないものはないね」
「歪んでるね」
「まぁ、何と言われようと痛くも痒くもねぇっすよ。これはボクにとっては身を守る知恵ですから」 「君の大好きな乙葉ちゃんにそっくりなんだけどなぁ」
「それを早く言えよ、コノヤロウ」
カラスの行水。ザバッとシャワーを浴びて、5日ぶりに髪を洗う。でも歯磨きには時間をかけなくちゃね。だってキスした時に「クサッ」って言われたら悲しいじゃん。死んじゃうじゃん。
ペン大王の腕を引いて、急いで駆け足で駅前へ。椅子に座りアイスコーヒーを「アイスカフィ」とか言ってクールに注文。クールにサングラスをかけ、クールに乙葉ちゃん似のかわいこちゃんを待つ。ペン大王はアイスミルクティ。ガムシロップを5つも入れやがる。コイツ、甘いの大好き。全然クールじゃない。オレはもちろんブラック。苦いの大嫌いだけどクールにブラック。
10分後、チュルチュルストローをすすってたペン大王が突然立ち上がる。
「あ。こっちでーす。わざわざすみませーん」
サングラス越しにペン大王が声をかけた方向を見る。
乙葉ちゃんに似たかわいこちゃんなんか、いないぞ。クマしかいねぇ。
クマ。

クマ?

陽気に手を振るクマ。陽気に手を振り返すペン大王。なんだ、コレ。どこだ、ココ。
怒りのあまり、オレはペン大王の首を絞める。
「オマエ、あれのどのへんが乙葉ちゃんに似てんだ?コラ」
「イヤ。でも、ね。かわいいでしょ?」
「そういう問題じゃねぇだろ。『かわいい』って言われてかわいくない女の子が来たことはあったけど、人間じゃなかった、ってのは初めてだぞ、オイ」
そんなオレ達のやりとりを全く無視したクマはオレ達の前にドカッと座る。おまけになんかすげぇ怒ってない?このクマ。
「田倉さん、コイツがこの前電話で話してたノリツグです。ホラ、ノリツグ、ちゃんと挨拶しなさい」
田倉? 漢字? クマなのに? 何で?
「この田倉さんはなぁ。『キャラクター創世紀』では飛ぶ鳥落とす勢いの売れっ子キャラクターだ。オマエみたいなヘッポコと会ってくれるなんて夢のような話だぞ。まぁ、それを実現させたのも、なんつーの? ワタシの大王としての力がすごいから、っつーか、なんつーか・・・」
そこまで話したペン大王に、クマ、思いっきり張り手。吹っ飛ぶペン大王。どうやら『黙ってろ』ってことらしい。
ゆっくりと座り直すと、そのままクマはオレらに向かって身振り手振りを加え何事かを熱弁してるっぽい動き。「してるっぽい」っていうのは、クマの野郎、何にも声を発してないんだよな。しーんとした空間に身振り手振りで空気を裂く音だけがコダマする。「もしもし、クマさん? 声張ってもらわないと、何言ってるのか全然わかんないんですけど・・・」と言おうとも思ったのだが、また張り倒されるのはイヤなので、神妙な顔で聞き入るフリをする顔面を腫らしたペン大王とオレ。
タバコの煙を鼻から吐き出し、灰皿で火を消すと、おもむろに立ち上がるクマ。そのまま店を出ると人混みに消えていった。
「アリヤトゴザイヤシターー!!」クマが人混みに消え、見えなくなるまで、腰の角度45度で丁寧におじぎするペン大王。
「ねぇ。なんで怒こってたの? あのクマ」
「なんか、タクシーの運転手が道間違えたんだってさ」
「うわぁ。心狭いクマっすねぇ」
「しかし、さすがだな。含蓄のある言葉の連続だったぜ」
「え? アイツが何言ってるのかわかったの? ペン大王」
「まぁ、田倉さんは設定的に喋らないキャラクターだからな。でも、何を言わんとしていたのかはわかるよ。ワタシの場合、読唇術の心得があるから」
「読唇術、って。アイツの口、動いてました?」
「微妙にね」
とにかくペン大王にあのクマが何言ってたのかをざっと聞くことにする。
どうやら、あのクマはコンピューターの重要性を話していたようだった。ペンと紙を使って描くのは基本だけど、完成度を上げるためにコンピューターを使うのもいいんじゃないか、と。特にオレみたいな素人が完成度を求める場合にはコンピューターという道具はかなりの強みになる。実際、あのクマも最終的にはコンピューター上で完成されたらしい。
コンピューターが全てじゃない。でも、コンピューターという道具があることを知っていると知らないとでは随分違う。表現するため、使う道具の適所適材を考えなさい。表現の幅を広げることは悪いことじゃない。
以上はさっきのすっとぼけたクマの意見。クマに説教されるハメになるとは思わなかったが、ヤツの言うことにも一理あるかもしれない。試してみる価値はありそうだ。